

あの日は、特に予定のない静かな昼下がりだった。
洗濯を終えて一息つこうとしたとき、洗濯機の排水がうまく流れていないことに気づいた。
「え、どうして? こんなときに限って…」
夫は仕事で不在。業者を呼ぶほどのことでもない。
でも、一人でどうにかできる自信もなくて、しばらくその場で立ち尽くしてしまった。
そして、ふと頭に浮かんだのは――隣の家の彼。
特別に親しいわけではない。
でも、会えばいつも笑顔で挨拶してくれる、誠実そうな人。
「頼んでみてもいいのかな…」
少し迷ったけれど、勇気を出してチャイムを押した。
インターホン越しに映る自分の姿を見て、ハッとした。
――私、今ノーブラだったんだ。
その日は家事をしていたから、楽なTシャツ一枚に薄手のパンツという格好。
ブラをつけずに過ごしているのも、休日の昼下がりにはよくあることだった。
でも、まさか隣の家の人を呼ぶなんて想定していなかった。
「今さら着替えに戻るのも変だし…気づかれないよね」
自分にそう言い聞かせながらドアを開けた。
彼は快く「見てみますよ」と答えてくれて、洗濯機置き場に案内する。
私は先に立って歩いたけれど、胸のあたりがスースーして落ち着かない。
洗濯機のホースを指さそうとしゃがみこんだ瞬間。
風がふわりと吹き抜け、Tシャツが肌に張りついた。
そのとき、彼の視線が一瞬――ほんの一瞬だけど、胸のあたりで止まった気がした。
「やだ、見られた…?」
鼓動が早まる。
何も言われなかったけれど、こちらの心臓の音まで聞こえてしまいそうなくらいにドキドキしていた。
笑顔で「ありがとうございます」と言った自分の声が、少し震えていたのを覚えている。
その後、彼は「直ったみたいですね」と言って帰っていった。
ただそれだけのこと。
何も起こらなかった。
でも、玄関を閉めたあとも、胸のざわめきはなかなか収まらなかった。
「あの視線は気のせいだったのかな…」
「もしかして、本当に気づいていた?」
そう思うと、なぜか頬が熱くなってしまう。
それからというもの、隣の彼とすれ違うたびに妙に意識してしまう。
あの日のことを思い出すと、胸の奥がくすぐったいようにざわめいてしまうのだ。
――もしまた、あんな“無防備な格好”で会ってしまったら?
そのとき、彼はどんな顔をするだろう?
そんな妄想を密かに楽しんでいる自分に気づいて、思わず苦笑いしてしまう。